2018年11月号
今月は、乗馬における馬の運動について考察します。
ものが動くとは、そのものの重心が動くことで(重心が動いても必ずしもものが動くということではない。) 、ものの動きには2種類あり、一つは位置エネルギーが運動エネルギーに変化することによって起きる現象と、もう一つはそのものが接する客体との間で作用と反作用によって起きる現象とがあります。
位置エネルギーが運動エネルギーに変化する運動とは、ある高さからものが落下し重心移動が起きる運動のことで、このときの位置エネルギーの大きさは、その高さと質量に比例する。
これを私は、便宜上「落下運動」と定義します。
一方、作用と反作用によって起きる運動は、そのものが接する物体との間で、力が働き(作用)その反作用として重心の移動が起きる運動のことです。
これを私は、便宜上「反作用運動」と定義します。
人間が走るとき、腕を振るのは落下運動であり、肢でグランドを蹴るのは反作用運動であり、この両方を駆使して運動しているのです。
馬も同様で、首を前後上下に振りながら動くのは、落下運動であり、肢でグランドを引っ張りそして蹴りながらする運動は、反作用運動であり、この両方を行って動いており、因みに馬は、放牧場でリラックスして歩いているとき、落下運動のみで動いて、殆ど肢の筋肉を使っていないそうです。
落下運動は、位置エネルギーが運動エネルギーへと転換して動く運動で、反作用運動は、駆動エネルギーが接する客体との間で、作用反作用が働き重心移動を行っている運動です。
乗馬の場合は、ライダーと馬との合成重心を、ライダーの前傾や後傾などの姿勢の変化や馬が首を振り落下運動をし、扶助によって馬の肢の動きを促して、グランドと馬の肢との間で反作用運動をし、ライダーは、この馬の二つの運動をコントロールしているのです。
乗馬とは、ライダーが馬の背に乗って馬の動きをコントロールすることで、落下運動と反作用運動を馬の首の屈伸や自らの姿勢や馬のフレームワークによって、馬の動きをコントロールするものなのです。
そこでライダーのスキルとは、落下運動を成すために自らの姿勢や馬の姿勢を形成して、位置エネルギーを運動エネルギーに変化させるテクニックと、反作用運動を成すために扶助して、グランドと馬の肢との間で反作用運動をさせるテクニックのことです。
落下運動のために、馬の姿勢や体勢を形成することが必然で、そのためにライダーは、レインとシートと脚の相互作用によって、馬の姿勢や体勢を形成しているのです。
馬の重心が第4肋骨付近にあり、この重心は、ライダーが騎乗することによって人と馬との合成重心が生まれ、この位置は、ライダーの前傾や後傾などの姿勢によって前後左右に移動し、また、馬が首を振ったり馬が屈撓したり内方姿勢を取ったり収縮したりすることによって前後左右に移動します。
馬の落下運動における位置エネルギーは、重心と後肢の着地位置との相関関係によって増減します。つまり、後肢が重心より後ろに着地すれば(後肢の踏み込みが浅い状態)増大し、前に着地すれば(後肢の踏み込みが深い状態)減退します。また、重心が後肢より前に位置すれば(バランスフォーワード)増大し、後ろに位置(バランスバック)すれば(屈撓した状態)減退します。
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馬の反作用運動における運動エネルギーは、後肢の踏み込みの浅深で増減します。後肢の踏み込みが深ければ増大し、浅ければ減退します。
馬の後肢は、グランドを引っ張る(プリング)ことと蹴る(キックバック)ことをしています。
このことを詳細に説明すれば、静止状態で立っているときの、馬の尻と飛節の外側を結ぶ縦の線を基準にして、この基準線より後肢が前に踏み出した分をプリングし、この線より後ろは後肢がキックバックしています。そして、踏み出し幅が大きくなればプリングする駆動エネルギーが大きくなり、踏み出し幅が大きければ、その反動でキックバックが強くなって駆動エネルギーが大きくなります。
従って、落下運動における運動エネルギーの増減と反作用運動の運動エネルギーの増減は相反する関係にあるのです。馬の後肢の着地位置に視点を向ければ自明の理で、後肢の着地位置が重心より後ろあれば、落下運動エネルギーは大きくなり、反作用運動エネルギーは、踏み込みが浅いので小さくなるのです。また、後肢の着地位置が重心より前にあれば、落下運動エネルギーは小さくなり、反作用運動エネルギーは、踏み込みが深いので大きくなるのです。
実際にライダーが騎乗したとき、ライダーのポジショニングによっても、落下運動における位置エネルギーは増減します。つまり、ライダーが前傾すれば、落下運動エネルギーは増大し、後傾すれば減退します。
一方、落下運動における位置エネルギーが運動ネルギーへ変化するのを妨げる要因があります。それは、支持力です。支持力は、支持点と重心との距離に反比例して、重心より支持点が遠くなればなるほど支持力が増大し、支持点が重心に近くなればなるほど支持力が小さくなり、支持点と重心との距離が0となったとき支持力が最小限となり、その値は重量と同量の力となります。
馬の場合は、4肢の着地位置が支持点となりますので、その着地位置が重心の位置と遠くなれば、支持力が大きくなり位置エネルギーが運動エネルギーへ変換しづらくなって、運動の速度が遅くなったり止まったりすることになり、近づけば支持力が小さくなり位置エネルギーが運動エネルギーへ変換しやすくなって、運動が速くなったり軽快になったりします。このことを収縮といいます。
落下運動と反作用運動との間には密接な関係があり、落下運動のエネルギーを大きくするには、馬の首の動きを自由にしたりライダーが前傾したりすることで、反作用運動のエネルギーを大きくするには、後肢に踏み込みを深くしたり、屈撓させたりライダーは前傾を止めて身体を起こしたりしてバランスバック(重心を後方へ移行する)をします。この二つの運動はメカニズムとして、相反する関係性にあるのです。
この落下運動と反作用運動の相反するメカニズムを持つ二つを、同時に解決する方法は収縮です。収縮とは、馬の4肢を重心の真下へ近づけることをいいます。4肢が重心に近づくことによって、位置エネルギーが運動エネルギーへ変換しやすくなり、同時に重量を支えている4肢は、重心に近づくことによって最小限の力で馬体を支えることができるので、当然最小限に力で反作用運動ができるのです。つまり、収縮すると落下運動がし易くなり反作用運動もまたし易くなるのです。
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