2022年8月号
今月のテーマは、ストレッチ運動の1つである「尻馬」について、その目的と効用について考察する。
「尻馬」とは、馬術用語ではなく私が名付けた名称であるが、馬のヘッドとヒップを近づけるように馬体をベンドさせて、ビットレスポンス(ビットのプレッシャーに対する反応)やネック(Neck)や肩胛骨(Scapula スカピュラ)やリブケージ(Rib cage)やフランク(Flank 脾腹)や大腿骨(Femur フィマー Thighbone サイボーン)の柔軟性や可動域の拡大を養成するものである。
馬を左右どちらかの直径4〜5M程のサークル運動を、ウォーク(常歩)やトロット(速歩)で走行し、内方脚でショルダー動きをガードして(レインを引いた方へショルダーが来ないようにする。)、レインを内方へと馬のヘッドがライダーの膝の外側へ来るように引くのである。
このようにすることによって、レインを内方に引くのにショルダーが内方へ脚のガードで動けないので、馬は内方後肢がアウトサイドステップして重心の真下へ向かいながら前肢が内方へとステップして、馬体は内方へ回転運動をするのである。
馬のビットプレッシャーに対する反応が柔軟になるように、レインによるプレッシャーをかけて、更に、内方へ馬体が曲がるようにして、且つ内方へ動くようにすることで、内方後肢がアウトサイドステップし、前肢はインサイドステップするのである。
このとき、内方後肢が単にアウトサイドステップするのではなく、馬体の重心の真下へ向かうように回転方向の外方の斜め前方へステップするようにして、馬体重を充分に内方後肢で支えるようにするものである。
このときの目的は、ビットプレッシャーの接触点であるビットレスポンスの柔軟性、そしてショルダー(肩胛骨)と前肢の可動域、リブケージ、内方のフランクの柔軟性と内方後肢の可動域の拡大である。
そしてまた、リブケージと肩胛骨の柔軟性をも養成するものである。
肩胛骨の柔軟性は、肩が内方へ動かないように内方脚でガードしているので、前肢が大きく内方へステップして回転運動をしなければならなくなり、ショルダーの柔軟性と可動域の拡大が図れるのである。
肩を柔らかくするとき、肩を回すのではなく、腕を回すようにするのと同様で、前肢を大きくステップさせることで肩胛骨を柔軟にするのである。
また、内方脚によるガードを後肢寄りにすることで、内方後肢と内方のフランクの柔軟性と可動域を重点的に養成することができる。
内方のフランクの柔軟性と可動域を大きくすることで、内方後肢が大きく動き、重心の真下に着地することで馬体重の負重が充分になるのであり、内方へのスピンが容易になったり、外方後肢による前進気勢を盛んにしたりすることが可能となるのである。
馬のサークル運動のステップは、サークルの運動方向に対して両前肢と外方後肢はインサイドステップ(求心性ステップ)し、内方後肢だけがアウトサイドステップ(遠心性ステップ)するのであり、またこのことを解剖学的に表現すれば、外方前肢と両後肢は、馬の正中線に対してインサイドステップ、つまり正中線に向かってステップし、内方前肢だけが正中線に対してアウトサイドステップ、つまり離れるようにステップするのである。
因みに、解剖学的に馬の正中線に向かうステップをインサイドステップといい、離れるようにステップすることをアウトサイドステップというのである。また、正中線とは、馬体の縦の中心線のことである。
内方後肢が馬体の重心の真下へより近づくようにステップすれば、充分な馬体重の負重が内方後肢にするようになるので、外方後肢による駆動が容易になり、両前肢による回転運動が軽快になってスピンの精度が上がったり、内方後肢への体重の負重が充分になるので、その他の3肢の推進力の発揮が容易になったりして前進気勢が旺盛になるのである。
多くの馬術家は、外方後肢の前進気勢や踏み込みにばかりに囚われがちだが、内方後肢の踏み込みや体重の負重が充分であることが、前進気勢の前提要件であることを知らなければならないのである。
この「尻馬」により、内方へレインを引くことで、馬のヘッドは内方へ引かれ、そのとき内方脚でショルダーがヘッドと一緒に内方へ引き寄せられるのをガードしているので、ヘッドが内方へ引かれ、内方脚のガードでショルダーが内方へ動けない反作用として、後駆(ハインドクォーター)がアウトサイドへ押し出され、内方後肢がアウトサイドステップするのであり、その内方後肢のアウトサイドステップが内方のフランクの柔軟性を養成するのである。
内方へレインを引くようにビットプレッシャーを与える際に、水平方向と垂直方向とがあり、レインを水平方向へ引けば、単純に水平方向に柔軟性を養成し、垂直方向は、垂直方向でも馬のヘッドはライダーの内方の膝のところへ引き上げるので、水平方向と垂直方向の両方のツイストが同時に起きるのである。
ライダーは、水平でも垂直でも、馬の抵抗を感じとって、必要だと思う方向を優先してトレーニングすることが重要であるが、何れにしても両方の柔軟性を最終的に養成しなければならないのである。
ビットコンタクトは特に、そしてあらゆるプレッシャーを馬に与えるとき、一旦タッチしてからプレッシャーに移行することが重要で、馬にとってタッチがあることは、次のプレッシャーを予測して反応することを可能にし、馬が能動的にライダーの要求を予測して、反応することができるようになるのである。
そして、ライダーは、馬の反応を養成するべくプレッシャーを掛けるのであるが、ライダーの要求する反応を馬が示すことでプレッシャーをリリースするのではなく、プレッシャーの接触点の感触がより柔らかく変化したからリリースするのでなくてはならないのである。
もし、ライダーがプレッシャーを掛けたときの要求が、馬の首をベンドさせるものであったとき、馬の首がベンドしたからプレッシャーをリリースするのではなく、プレッシャーの接触点が少しでも柔らかく変化したからリリースするのでなくてはならないのである。
プレッシャーの接触点に少しの変化が現れれば、忽ち馬はビットタッチしただけで、能動的にライダーの要求する方へ動いたり首を曲げたりするようになるのである。
しかし、首を曲げたからリリースするようにしていると、何時まで経っても馬が能動的にライダーの要求に応えようとはしないのである。
ライダーが、プレッシャーをリリースするとき、馬の首が曲がったのでリリースしているとは、視覚情報によってリリースしているので、ライダーの大脳が関与してリリースの行動を起こしているので、一貫性を失い馬は何を以てリリースされたかを理解しにくいのである。
一方、ライダーがプレッシャーの接触点の変化を追いかけてリリースしていれば、感覚的にリリースしていることになり一貫性が生まれ、馬はライダーのリリースが何故起きるのかを理解しやすくなって、しかもライダーの感覚はより精密に精度が上がり、馬とのコミュニケーションが容易になるのである。
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