Horseman's Column title

VOL.177「考えると感覚」


2025年1月号

 我々は、馬に乗って上手くいかないとき、上手くいかないとかできないとかというように思う。
 上手くいかないできないは、実際に起きていることを大脳が翻訳しているのである。本当は、重い(ウグーッ)とか硬い(ガチッ)とか力が入らない(フッ)とかと感じたものを、大脳が翻訳して、できないとか上手くいかないとかと認識しているのである。

 この翻訳という行為は、実際に起きている現象を理由や原因で特定しているのである。しかし、その翻訳の前に、重いとか硬いとか力が入らないとかというように、感じているのである。その感覚情報を聡明な大脳が、考えて翻訳しているのである。

 我々がバケツを持ち上げたりペットボトルの蓋を開けたりしているとき、重いとか硬いとかきついとかと感じて、その感じた感覚に応じて力を加減(感覚統合 感覚情報と運動神経の連結)し、目的を遂げているのである。その上で、如何にしても目的が遂げられないとき、思考して創意工夫をし、目的を遂げるのである。
 つまり、感覚統合の後に思考が始まるのである。
 感覚統合とは、感覚情報が感覚神経によって脳に送られたのを小脳が受信し、小脳がその感覚情報と運動神経とを連結させ、運動器官である手足などを動かす行為のことである。
 この間において、大脳がほぼ介入することはないのである。つまり、考えるという行為はないということであり、感覚統合が行われることで、手足がスムースに運動して、スポーツや職人の技術などが機能しているのである。
 感覚情報と運動神経の連結、つまり、感覚統合において大脳が介入すれば、感覚統合が遮断されて、大脳が支配して運動器官を動かすので、感覚情報と運動神経の連結に支障が起きたりタイムラグが生まれたりして、運動器官の動きに支障が出てしまうのである。

 バケツやペットボトルの蓋の場合に、上手くできないとか難しいとかのように、感じとった感覚情報を大脳が翻訳すると、思考が始まって、どうすればいいのだろうかと考えてしまうのである。考えている間に、現象に変化が生まれたりタイミングを失ったりすれば、目的の成就は難しくなってしまうのである。また、感じていることを認識せずに、翻訳した言葉に囚われてしまえば、目的を遂げる方法が見つからずに、戸惑うばかりになってしまうのである。

 実際の生活では、その行動は殆どが感覚情報を翻訳せずに、そのまま対処しているので、大きな問題が生じないし、感覚情報を翻訳せずに対処しても解決しないとき、それから思考が始まるので、不都合が起きないのである。

 しかし、多くの日本人が馬に乗って目的が遂げられないとき、感覚情報を認識せずに、大脳が翻訳した言葉に惑わされて、戸惑うこととなってしまうのである。
 レインを引いて重ければ、もっと引っ張って対処すればいいし、硬ければもっと力を入れればいいし、力が入らなければ、力が入るように引き方を変えればいいのである。それでも上手くいかないときに、初めて考えて対処しようとすればいいのである。

 このことは、乗馬だけの問題ではないのである。
 何事も感じてから考えるという順序で、対処しなければならないのである。

 感じていることを認識せずに、考えることからものごとに対峙すれば、解決しないばかりでなく、進展しないだけでなく、当事者の能力が高まるということがないのである。

 感じた情報に基づき対処し、その上で考えるという手順を踏まえれば、感覚が先鋭化し、解決能力も高度化するのである。

2024年8月31日
著者 土岐田 勘次郎

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