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2026年4月号
乗馬は、人間が馬に乗り、馬を動かし、その動きをコントロールするものである。しかし、人間が馬の背にあり、馬を動かすこともその動きをコントロールすることも、物理的力を以て成すことは不可能なのである。
従って、ライダーは、馬のメンタルに対して、主導権を握ることで、馬のメンタルをコントロールし、馬のフィジカルを間接的にコントロールしているのである。
ライダーが馬に対して主導権を握るためには、馬のメンタルに働きかけをすることになるので、乗馬は、ライダーと馬とがコミュニケーションして行うものなのである。
ライダーと馬とがコミュニケーションする場合、人間がものごとに対して持つ概念と、馬が持ち得る概念があり、ライダーの要求が、人間の持つ概念で要求しても、馬にその概念がなければ、馬には理解できないので、コミュニケーションが成立しないのである。従って、ライダーは、馬が持つ概念を理解して、その要求を馬の持つ概念に落とし込んで、要求する必要があるのである。
馬の持ち得る概念は、気勢と方向性である。気勢とは勢いのことで、簡単にいってしまえば、スピードである。方向性とは、何処に向かって動くかということである。
レイニングホースのパフォーマンスは、サークル・スピードコントロール・スピン・チェンジリード・スライディングストップ・ロールバック・バックアップがあるが、このような概念を持っているのはライダーだけで、馬には、これらの概念はないのである。
従って、ライダーが、スピンやサークルをしていると思っているとしたら、馬とは概念を共有していないから、ライダーと馬とのコミュニケーションは成立しないのである。
馬は、スピンだろうとサークルだろうチェンジリードであっても、馬の肢は往復運動をしているだけなのである。
つまり、ライダーは、トレーニングであってもストレッチ運動であっても、馬の肢の往復運動をどのようにするのかというイメージを以てしなければならないのである。
馬のトレーニングの極意として、馬の動きを、サークルやスピンやストップというような代名詞で行うことを捨てて、馬の4肢の往復運動を、どのようにさせたいかというテーマを絶えず考えて行うべしということを提唱したいのである。
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