Horseman's Column title

    VOL.88「概念の一致」

 2017年8月号

 今月のテーマは、馬とライダーとのコミュニケーションにおけるライダーの馬に対する要求の概念と、馬が持つその要求に対する反応の概念について解説したいと思う。

 意志を複数の動物間で疎通するには、目的となることの概念を共通項として互いに概ね一致していなければ、成立しないのである。
 例えば、人間同士であっても、話のテーマについて一致した概念を持っていなければ、その話は噛み合わない。話題が馬の場合、馬についての概念が一致していなければ、どんな内容の話であっても成立しないのである。



 ライダーと馬とのコミュニケーションでは、何らかのプレッシャーをライダーが馬に与えて馬がこれに反応し、かけていたプレッシャーをリリースすれば、馬は自分の反応を正しいと思い、更にプレッシャーが続いたり増幅されたりすれば、馬は自分の反応が正しくないと思うのである。

 ここで問題になることがある。
 それは、ライダーが馬のどんな反応に対して、プレッシャーをリリースしたり増幅したりしていると思っているかなのである。
 つまり、ライダーは馬に対してどんな要求をしていると思っているかなのである。

 また、馬は、ライダーから何を要求されたと思っているか。馬自身がプレッシャーに反応しているのが、どんな反応をしていると思っているかなのである。

 そして、ライダーが要求していると思っていることと、馬がライダーから要求されていると思っていることとが果たして一致しているのかどうかが問題なのである。

 例えば、ライダーが馬に対して駈歩発進を要求して脚でプレッシャーをかけた場合、馬が駈歩発進をすれば、ライダーは馬が要求に応えてくれたと思う。このとき馬は、確かに駈歩を発進したが、果たして馬はライダーの要求を駈歩発進だと思って反応したのだろうか。
 もし馬が駈歩発進だと思っていれば、ライダーと馬とは、要求に対する概念が一致しているといえる。
 しかし、馬がライダーから要求されたことを駈歩発進だと思っていなければ、要求に対する概念が一致していないということになる。

 また、ライダーが、馬の首を曲げたりステップの方向をコントロールしたり後肢を深く踏み込ませたりしようと思ってプレッシャーを掛けるので、馬がこれらの要求に反応したときリリースする。しかし、馬は果たして、首を曲げたりステップを要求通りにステップしたり後肢を深く踏み込んだりしたので、プレッシャーがリリースされたと思うのだろうか。

 ライダーの要求に対する概念と馬がその要求に対して持っている概念とが一致していれば、馬とライダーとのコミュニケーションは成立し、このコミュニケーションは更に発展することでしょう。

 しかし、もし馬が、ライダーが持っている要求の概念と違う概念を持っているとしたら、このコミュニケーションは成立しない。

 この場合の問題は、ライダーの要求と馬の反応が一致しているにも関わらず、馬の要求に対する概念がライダーのそれと一致していないことがあり得るのかということである。

 結論は、あり得るのである。

 何故なら、ライダーの要求が駈歩発進や首を曲げることであった場合、馬がプレッシャーの方向に従って動くことで駈歩発進になるし、ハミに引かれた方向へ口を動かせば、結果として首が曲がることとなるのである。
 つまり、馬は、ライダーからの要求をプレッシャーの方向性に従うことだという概念しか持っていなくても、ライダーが持っている要求の概念と一致する反応を示すことはあり得るのである。

 従って、ライダーが理解しなくてはならないのは、馬が持つライダーの要求に対する概念なのである。
 馬が持っている概念をライダーが理解しなければ、ライダーがプレッシャーをリリースするとき、駈歩発進したり首を曲げたりしたからだと思っていても、馬がそう思っていなければコミュニケーションが成立しないのである。成立しなければ、最初はライダーの要求に応えていても徐々に抵抗を見せるようになってしまう現象が生まれるのである。


 ライダーは、馬が要求に応えたらリリースしているのに、徐々に馬に反抗されてしまうことがあるのは、要求に対する概念が馬とライダーとで一致していないからだと理解するべきでしょう。そして、一致させるのはライダーの仕事なのである。

 馬は、ライダーからの要求に対する概念を、プレッシャーの方向性としか持っていないのである。長い時間訓練することによって、駈歩発進や首を曲げるという概念を持つようになるかも知れませんが、ライダーは自ら馬に対してかけているプレッシャーを、その方向性と一致する動きを馬に対して要求しているという概念を持たなくてはならないのである。

 プレッシャーの方向性を、ライダーが要求する概念として持たなければならない。首を曲げたりステップをコントロールしたり後肢を深く踏み込ませたりするにしても、ライダーがかけるプレッシャーの方向性が問題なのである。つまり、プレッシャーが左から右へまたは後ろから前への方向であるとき、馬の口が左から右へ、ステップが左から右へ、後肢が後ろから前へ動けば、要求に従ったことになり、この逆方向の動きで反応したときは、正しく反応しなかったということになるのである。

 つまり馬は、要求のことを方向性という概念で受け止めているということなのである。

 従って、ライダーは、自らの要求を、方向性を以て馬に要求していると理解する必要がある。そして、その方向性に従った反応を馬が示したとき、かけていたプレッシャーをリリースしなければならないのである。
 馬がライダーの要求する方向へ動いたときに、結果的に首が曲がったりステップがコントロールされたり後肢が踏み込んだりすることへと誘導されるのである。

 ライダーが要求する方向性に馬が反応するのは、直ちに起きる反応だが、首が曲がったりステップがコントロールされたり後肢が踏み込んだりする反応は、方向性の反応に比べると少々タイムラグがある場合があるので、馬が方向性に対して従順に反応した段階でプレッシャーがリリースされなければ、馬は自分の反応が正しかったと理解することはできないのである。
 つまり、プレッシャーの方向性に従った動きに少しタイムラグがあって、首が曲がったりステップがコントロールされたりするので、このタイムラグの間に、リリースされないことで、多少個体差があるものの馬の抵抗や反抗を作る可能性が生まれてしまうのである。

 ライダーが要求する概念を、スピンやリードチェンジやロールバックなどであったりすれば、馬がプレッシャーの方向性に従う複数の段階を経て反応しているのであるから、これらの反応が出るまでプレッシャーがリリースされなければ、馬は大変複雑な思考が要求されたこととなり、この間混乱や抵抗を生んでしまう要因となるのである。

 しかし、ライダーがスピンやリードチェンジやロールバックの要求を馬にしているとしても、ライダー自身の要求に対する概念を、かけているプレッシャーの方向性だと理解していれば、馬がその方向性に従った動きを見せた瞬間にプレッシャーをリリースすることができ、馬はその動きの方向性を正しいと理解することができるので、馬はプレッシャーのリリースされる方向を学習することができるのである。



 馬を従順にするためには、ライダー自身が自らの要求に対する概念を、馬の持つ概念と一致させるようにすることが必要で、ライダーが持つ総合的で複雑な要求をしても、また馬がその要求に応えたとしても、馬がその総合的で複雑な要求を理解したと思ってはならないのであり、もし思ってしまえば人間の独り善がりであり人間の傲慢なのである。

2017年7月6日
著者 土岐田 勘次郎

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