第三部 VOL.14 (No.3) レディートゥースター
私は、ある所のある場所にて馬の話で激論したことがある。
激論などと申しますと、さぞ高等な馬術論の話でもしたかに思われそうだが、たわいのない話です。
我々の年代層は、西部劇の主人公に魅せられて乗馬を始めたのがほとんどといっていいでしょう。果てしなき荒野を馬の背に揺られ旅をする。星空の下、鞍を寝床に野宿、馬と水筒の水を分け合って飲み、苦楽を共にする。どのシーンを思い浮かべてもロマンチックである。随分と憧れたものですから否定するつもりはありません。
しかし「俺はウエスタンをやっていく中で、馬は俺の遊びの“道具”である」と発言したものだから、10人位同席していたかな?全員に一斉“口撃”を受けた、自分達の恋人でも奪われたかの如く。何故口撃を受けたのか、彼らにしてみれば馬はパートナー、もしくは友達感覚なのであろう、
「道具とは何事である、そんな事を言う奴はCowboyでも仲間でもない」
凄い剣幕で怒りだした。挙句の果ては、
「そっちは一人、こっちは10人いるんだ」
と数で来た始末、頭にきたから最後の切り札スペードのエースだ。
「皆さんは格好いい事を言っていますが、Ropeが扱えるのですか、馬に乗って牛が捕まえられるのですか」
こんな感じで言い放った、そうしたら皆さんが達磨になった。馬は“道具”であると発言したのは、私なりに根拠があっからなのである。
子供の頃、親戚に大工さんがいて、雨の日など外で仕事が出来ない時は、作業場で1日中、カンナやノミを研ぎ、鋸の目立て、つまり“道具”の手入れをしている。これは良い仕事をする為である。
Cowboyには、馬とRopeは仕事の道具、よく調教された馬と磨き上げられたRopingの腕前があれば、自分を牧場主に売り込む事が出来たのではないかと思ったからである。
この考え方は、競技をやりだしてからなので、馬の事をあまり知らなさ過ぎた反省から出た言葉である。良い“道具”ほど良く磨かれ大切にされる、愛情が湧くからだと思う。ある日、その馬のことを知る時が来たのです。私が、いつものように馬装をしていたら師匠が、
「Rowdyさん、パスチャーにいる馬を捕まえてみて」
「捕まえてって、どの馬を」
「自分の好きな馬でいい」私は、リードロープが着いているホルターを渡されたのです。受け取ってうろうろしていたら、
「Rowdyさん、うろうろしていないで早く捕まえて」
「うろうろしている訳ではないの、人参を探しているんだよ」
「そんな物いらないの、早く捕まえるの」
「えッ、どうして捕まえるの、餌がなくては寄って来ないよ」
ぶつぶつ言いながらパスチャーに向かって歩き出し、15、6頭位放牧されている中の1頭に目星をつけた。
ホルターを体の後ろに隠して近づく、もう一歩の所で逃げられてしまう,30分位鬼ごっこしていたが全然ダメ。「Rowdyさん、貸して」
師匠が痺れを切らして交代する。師匠はホルターを隠そうとしない、むしろ馬に見せている感じに見える。馬が師匠を見ている、近づくと動き出す、動き出すと師匠は止まる、それを繰り返していくうちに馬が人間の方に顔を向けて止まるようになってきた。最後には手が届く位置になり、そのまま鼻面を愛撫。2頭目、ある程度まで近づいて行けたので、私は見ていて簡単に捕まるなと思ったが、そうではなかった、馬はサッと身を翻して逃げ出した。1頭目の馬よりも距離が縮まらない、近づくと逃げる、これを何度か繰り返すがいっこうにに捕まらない、その時なにを思ったのか、持っていたホルターを馬に目掛けて投げ付けたのである。
驚いた馬は、顔を柵の外に向けたまま逃げ回る、今度は、止めようとはしないでなお追い回す。どんどん追い回すうちに、外を向いていた馬の顔が内側に向いてきて師匠を見るようになっている、しかもお願いしているみたいに、
「分かりましたからもうそんなに追わないで、貴方の言う通りにいたしますから」
てな感じ。この時に思ったね"情けは馬の為ならず"馬と人間は縦の力関係なのだと。
その力関係を試される時が来たのである。私のお相手をなされるお方は、“レディートゥスター”
「私の背に乗られる人が、正確に指示を与えてくれるなら、いつでもスターになれる用意はしてありますよ」
という名前の馬だそうです。この馬には何度か乗った事があるが、乗るのでなくて乗せて頂く感じかな、こんな気持になっているのは気後れしているから、大半が恐怖感だと思う。
師匠に、
「今日もトゥスターに乗って」
と言われ、ラウンドペン(丸馬場)に連れていって追い運動をやろうとしたら、スタッフの女の人が近寄ってきて
「トゥスターは追い運動はいらないよ、怖いのなら、お嬢(ある女性会員)に乗せると言って来いと言われたよ」
と言う。
「なぬ!お嬢に乗せるってか、冗談じゃねぇ」この時点で私はこの馬に負けている(恐怖感)。でも乗らないわけにはいかないのだ。
内心ドキドキしながら馬場に連れ出し、そ〜と乗ったが抑えても走り出しそう、啖呵を切った手前、降りる訳にはいかないのだ。
「そんなに走りたければ走ってみろ、俺は絶対に落ちはしない」半ばヤケクソ気味、手綱をだらりと垂らし、片手はサドルホーンを掴み鞍の上に乗った、とたんに全速力で走り出したのです。頭の中は、このままだと柵を飛び越えてしまうのではないか、もし飛び越えそうとしたらその前に土の柔らかそうな所を選んで飛び降りるしかない、さもなければダメージの少ない落ち方をしなくてはいけない、こんな事を考えながら一周、二周、三週と走っているうちに、リズムが合って来て気分が良くなって恐怖感も薄れてくる。十周位したところで輪を小さくしていき、止まった。
「もう少し我慢をして速度が落ちるまで乗っていき、サークルに入ればGood」
と師匠は言う、少しは恐怖から遠ざかった事は確かだ。お陰で"レディートゥスター"とコンビを組んだ試合は全部入賞を果たしたのである。「ありがとう、レディートゥスター」
補足私よりもっと凄い娘いた。鞍数が10鞍位、その娘が馬場を常歩で歩いていたが、突然走り出したのです。何をしたのか馬が何に驚いたのか分からない、分からない訳である。駆歩をやった事ない人が走りだされたならば、通常なら
「きゃー怖い、止めて」
と絶叫するのではないですか、でも見ていたら手綱はダラリ、サドルホーンに掴まっているだけで恐怖に満ちている顔はしていない。ただ私が立っている傍を通過する度に何か聞こえるような気がしたので、じーと聞いていたら何やら喋っている。
「あたし、どうしよう、どうしたらいいんだろう、どうしたら止まってくれるんだろう」
「アッ、これは走られているんだ、本人は困っているのか、誰か止めて!」
大声で叫んだ。柵の傍にいた人が馬の前に出て止めたが、急に馬が止まったので、その娘は一回転して着地に成功、10点満点、でも、その場にて腰を抜かして動かなかった。VOL.15へつづく