ウエスタン乗馬の運動特性

日本ウマ科学会 第11回学術集会 シンポジウム
【スローガン「乗馬と運動器疾患」】 講演(3)より
1999年4月30日(金) 於:東京農業大学農学部
講師:土岐田 勘次郎

講演テーマ「ウエスタン馬術競技馬に求められる運動

 ウエスタン乗馬を知るには、その運動特性を知ることによって概略を理解することができる。

 私は、「ウエスタン乗馬って、なんですか。」という質問をよく受ける。その多くの場合、イングリッシュの乗馬をなさっている方々からだ。その度ごとに「イングリッシュライディングを一口に言うと、どんな乗馬なんですか。」と問い返すことにしている。

 残念なことに、この問いかけに明解な答えをして頂けたことがない。甚だしいときは、「イングリッシュライディングとは、乗馬そのものだよ」という答えが返ってきたりもした。

 イングリッシュのライダーが、自分の乗馬のなんたるかを知らずして、経験のないウエスタンのことを知ることにはかなり無理がある。

 日本においては、圧倒的にイングリッシュスタイルの乗馬が一般的になっているので致し方がないが、世界中で人間が馬を乗り物として利用することを乗馬ということでとらえるならば、イングリッシュ的乗馬は、かなり特殊で少数派なのだということを我々日本人は知らなければならない。それは、これから説明する乗馬における運動特性を知ることによって理解できる。

 ウエスタン乗馬の運動特性を知ることは、イングリッシュ乗馬の運動特性を知ることにもなり、またその逆も真だ。

 馬の運動の特徴は、大変直進運動に優れ、横の運動は苦手だということは、誰でもが知っている常識であるからして、あらゆる馬術は、ウエスタン・イングリッシュを問わず、いかに横の動きを、より機敏にスムースに行うかということが主たる課題だということができる。

 実は、イングリッシュ乗馬における屈撓も収縮も、全てこの課題を、クリァーするために考えられた。つまり馬の体重配分を後肢に移すバランスバックをさせて、前肢と後肢の加重配分をより後肢に移し、前肢を軽くして横の動きをし易くすることが目的だ。

 このバランスバックの方法の違いによってイングリッシュ的乗馬か、ウエスタン的乗馬か、というように大別できる。

 つまり馬術とは、バランスバックなのだというように極論することができると私は考えており、少なくてもそれが主要課題であると思っている。

 一方、ウエスタンも機敏でスムースな横の動きが大変重要だ。
 ウエスタンの最高峰に位置するカッティング競技をみてみると一目瞭然だ。

カッティング 首の位置 カッティング 横の動き

 牛の動きに対してその動きを制限するために、急激な横の動きと、急激な停止、及び発進が求められる。

 このとき馬に、二つの大事な要素が要求される。一つは、急激な運動の移行を可能にする反射神経と、もう一つは、馬の構造的に苦手な横の動きだ。

 ドレッサージュのように、馬の首の動きを制動してバランスバックを要求すれば、馬が持っている素速く反応できる反射神経を制限してしまい、牛の素速い運動に対応するのが不可能になってしまう。つまりウエスタンは、馬の反射神経を束縛することなく、むしろそれを最大限に活用してバランスバックを行っている。

 ウエスタンの象徴のように言われる「ルーズレイン」とは、馬をコントロールするにおいて、いつもレインを弛ませた状態で行う。

 ルーズレインであることにより、馬の首の自由を維持して、馬の反射神経を最大限に活用している。

 カッティングで、馬がバランスバックをしているときの馬の首位置をみてみると、かなり馬の頭は低いことがわかる。

 イングリッシュでは、馬の首を固定して高く引きつけ屈撓させてバランスバックを実現し、ウエスタンでは、首を自由にしてバランスバックを実現する。

 馬の首を高く固定するか、首を自由にしてバランスバックを行うかの違いが、イングリッシュとウエスタンの決定的な違いだ。

 どんな馬術でも後肢の踏み込みが重要だというが、本当は違う。何故ならイングリッシュでは、後肢の踏み込みが浅くてもバランスバックが可能になるが、ウエスタンでは、後肢の踏み込みなくしてバランスバックを実現できない。つまりイングリッシュでは、バランスバックをつくるために馬の首を高く固定する。ウエスタンでは、馬の首に関与せずに後肢の踏み込みをつくることでバランスバックを実現する。結果的に後肢の踏み込みが深くなるそのときに、首が自由であれば馬は真後ろにひっくり返ることを防ぐために、首を低く伸ばす。同じことのようだが全く意味が違う。

 首を使って創り出すか、後肢を使ってか、という全く違ったプロセスでもってウエスタンとイングリッシュは、バランスバックを創り出している。

 ウエスタン馬術の運動特性の原型を、このカッティングでみることができる。

 そして、レイニング競技では、それを発展させた運動をみることができる。それは、スピン(ターンアラウンド)・スライディングストップ・ロールバックである。

 スピンとは、内方後肢を軸に常歩回転をすることで、よりスムースに、且つ速い回転が要求される。このとき後肢が馬の重心の真下まで踏み込むことができないと、同心円の回転運動ができない。

スライディングストップ

 この写真は、理想的なスライディングストップである。
 加速加重は、馬全体に均等に分散してかかっており、前肢、き甲、後肢のどこにも無理な力はかかっていない。
 ライダーの身体のラインと馬の前肢のラインは平行で、前傾や後傾はなく、急激な制動にも関わらず、故障につながるようなことはない。
 また、レインを離してストップのキューイングをしている。

 スライディングストップとは、スピードの速い伸長駈歩の直線走行からの急停止で、このとき後肢を揃えてグランドを滑り、前肢はペダリングといって自転車のペダルを踏むように掻く。このときも後肢への重心移動が充分でないと、慣性エネルギーが前肢にもかかって前肢の故障を起こす原因となる。
 ロールバックとは、スライディングストップの直後に180度、その場で回転し駈歩発進することをいう。このときも後肢の踏み込みとバランスバックが充分でないとスムースな回転と発進の瞬発力を生み出すことができない。

 これらの運動は、一見、馬にとって無理な動きに見えるが、充分な後肢の踏み込みよるバランスバックとルーズレインによる馬の首の運動のフリーなことにより、困難な運動が故障につながることを、馬自身が防御している。

 スライディングストップにおいて、充分な踏み込みによるバランスバックができていれば、馬の頭の位置を低く保つことができる。少なくとも、き甲より馬の首が高く位置することがない。
 もし、後肢の踏み込みが充分でないと、馬の頭が上がり、急停止による加重負担で背中を痛めたり、また、そのことにより、前肢でも停止しようとして前肢を突っ張り、球節や膝のじん帯を痛めたり、屈腱炎の原因をつくる。 

 スピンは、特に故障が起きるということはあまりないが、馬の前肢がもともと曲がっている馬や、肩の角度が立っている馬にこの運動を求めると、前肢の交叉において膝のバッティングを起こし、打撲が起きやすい。

 ウエスタンに用いられる馬の種類は、クォーターホース・ペイントホース・アパルーサなどが一般的だ。

 カッティングやレイニングホースとしてトレーニングする場合に馬を選択するとき、馬のカンファメーション(conformation=構造形態)を重要視する。そのいくつかの要素をあげれば肩の角度・背中の長さ・全肢が曲がっていないか・繋ぎの長さ、角度・首つきの高さ(位置)・首の長さ・そして全体のバランスなどだ。

 馬を選ぶ場合にカンファメーションと同等程度に重要視することがある。グッドムーバーかどうかということである。カンファメーションよりむしろ馬の動きの滑らかさの方が重要視される。

 ウエスタンプレジャーという競技がある。この競技は、ウエスタンホースにおける最も理想とする馬の動きを競う種目で、ニーアクションの少ない歩様が求められる。三種の歩様において、膝の動きの少ない歩様を良しとする。
ウエスタンプレジャー競技 ウエスタンホースの理想とする歩様は、ニーアクションの少ないものだということで、膝を大きく屈伸させて動くより肢全体が一体化し、つまり膝をあまり曲げずに動いた方が駆動エネルギーが一元化して、負荷が均等に肢全体にかかることになり故障を起こしにくいと考えられている。

 また、馬の首の位置がこの競技では問題となる。その首の位置は、き甲と同じ高さで維持することを求められ、それより低くても高くてもいけない。その頭の位置が馬の自然な歩様を創り出すと考えられているためだ。

 ウエスタンの競技ホース産業の発展により、馬のブリーディングの中枢に競技ホースの生産が位置するようになり、より優秀でカンファメーションの整った馬が生産されるようになったことに反して、ウエスタンホースが使役馬としての生産が主流であった時代には、考えられなかった問題が発生している。

 以前は丈夫であることが最優先され、馬の蹄が大きく発達しているのが好まれていたが、馬の機敏性やメンタルな部分が重要視される反面、蹄が軽視されてきてしまって、馬のパフォーマンスの能力は高いが裂蹄を起こしやすかったり、欠けやすかったり、発育不全であったり、小さかったりというように様々な問題が起きている。

 また、蹄だけの問題ではなく、整備された馬場では問題はないが、固い地面やでこぼこ道での運動には耐えられないとかいう問題も起きている。 

 馬の運動機能や、メンタルと同等に蹄を含めた馬体の耐久力を考慮したブリーディングが望まれるが、ややもすると馬体や蹄の弱体化をサポートする医療や装蹄のテクニックでカバーすることに走ってしまっている。

 その傾向は、技術向上には目を見張る進歩が見られる反面、根本的な視点に立ったブリーディングが重要ではないかという声も挙がっている。 

 また、トレーニングの技術の向上に伴って馬の若年調教の傾向もみられる。

 10年前であれば満2才でトレーニングが始まり、3ヶ月の基礎調教が終われば3才を迎えるまで放牧生活に戻るのが一般的であった。従って基礎訓練中に蹄鉄をつけることはなかった。
 しかし今日では、満2才の間にフィニッシュトレーニングに近い状態まで訓練するため、殆どの馬が3才を迎える前に装蹄されている。それが蹄の発育にどの程度影響を与えるものなのかは、私にはわからないが、多少疑問の気持ちがわき上がることを否めない。


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