Arena Condition(乗馬の駈歩相談室)

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AM 9:10 Temperature 2.0℃ Humidity 73%   曇り January 7,’26(Wednesday)

 

今朝は、とても冷え込んでいて、今は曇っていますが、少し前まで雨が降っていました。冷え込んでも水の凍結はありません。

 

馬場は、湿った程度で、ベスト状態をキープしています。

 

 

KT Systemによる指導法

 

 

大脳と運動器官(主に手足など)とのリレーションシップ

 

大脳と運動器官とのリレーションシップ

 

脳には、運動器官を動かす命令を発する機能が2系統あって、それは大脳と大脳以外から発する命令の2系統である。

 

大脳は、運動の目的やイメーなどを持ったり、直接運動器官の動きに関与したりする機能(バイパス機能)を持っている。

一方大脳以外とは、感覚器官から送られてくる情報を認知して、この情報を加味して反射的に運動の命令を発して運動器官動かす機能を持っているのである。

 

運動器官は、通常大脳が持つ運動の目的やイメージに沿って運動し、そのときの結果や外部の変化を感覚器官が感知した情報を脳(大脳以外)が認知して、脳がこの情報を加味した運動の命令を発して、この命令に従って運動器官が運動する。

 

もしこのとき大脳が運動の結果を見て、腕や指などの動きをこうすればいいのではと思えば、運動器官の動きに直接的に関与することになり、運動器官は感覚情報を加味した運動の命令より大脳の命令を優先運動するのである。

つまり、結果的に運動器官は、感覚情報を無視してしまうこととなるのである。

 

運動器官は、大脳がバイパス機能を行使しない限り、大脳が抱いた目的やイメージのために、大脳以外の脳が発する感覚情報を加味して発せられる命令に従って運動するのである。そして、それは目的を遂げることとなるのである。

 

日常生活での運動器官は、大脳がマクロの目的やイメージ持つだけに止めているので、大脳以外の命令に従って運動するのである。

例えば、ペットボトルの飲み物を飲む場合、大脳はその飲み物を飲もうと思うだけで、運動器官である手は、指を使って蓋を開け、飲みやすいようにペットボトルを持ち上げて口へと運び傾けて飲むのである。

このとき、大脳は、指や腕の筋肉をどのように使うとかを思うことはなく、只ペットボトルの飲み物を飲もうと思うだけなのである。

そして、運動器官である手や腕は、蓋を開けるときにかかる抵抗力やペットボトルの重さを感知して、感知した外部情報を加味して発せられる大脳以外の脳から発せられる命令に従って、大脳が持っている目的を遂げるのである。

 

以上のように、運動器官は、原則的にマクロとして大脳が抱く目的やイメージに則って、運動したときに、その運動に関連する外部情報を感覚器官が感知して、その感知した情報を脳へ送信し、受け取った脳はこの感覚情報を加味して目的やイメージとの調和を取りつつ運動を命令するのである。

 

感覚器官の能力が外部情報を把握するための基盤となるので、大変重要となるのである。

ところが、感覚器官は、その技量の範囲に関係なく感知していて、脳へ送信しているが、脳がその人が持つ技量の範囲の感覚情報のみ認知できて、技量の範囲を超える感覚情報を認知することはできなのである。

 

従って、技量以上の目的を持ったとしても、その結果や外部の変化を脳が認知できないので、この感覚情報を加味した運動の命令を発することはできないのである。

 

人は、目的を自らの技量に関係なく持ってしまうものだ。しかし、そのまま目的を達成しようとしても、その結果の状況を脳が認知できなければ、脳は次にどのような運動の命令を発したらいいかが分からないということになって、結果は運に任せるということになるのである。

従って、目的を持ったときに、その目的を分解して自らの技量の範囲の段階的目的を持つように努めることが重要となるのである。

 

そして、大脳が持つ目的やイメージについて、もう一つとても重要なことがあるのである。

それは、一つの動きに集約することである。

 

目的を遂げるためには、運動器官である手や足を同時に幾つものことをやる必要があって、そしてこれを幾つものことをやると大脳が思っていると、手の動きを気にしていると足が疎かになったり、足こことを気にしていると手が疎かになったりするということに陥るのである。

しかし、一つの動きとして集約したことを目的とすれば、同時に幾つものことを何一つ疎かになることなくやってのけるのである。

 

大脳がやらなければならないことは、頭書持った目的を自分の技量に見合ったものに分解することと、その分解したものを一つの動きと捉えられるように加工する必要があるのである。

 

この集約的加工が、何よりも重要なことなのである。

 

集約的加工とは、脳が一つの運動だと思得るような動作に集約することである。

脳が一つことと思えるように目的が集約できれば、運動器官が同時に幾つものことや複雑な動きをしなければならない場合でも、いとも簡単にやってのけるのである。

 

例えば、自転車やバイクや馬に乗ったり、車を運転したり、ドアの開け閉めや職人の手仕事などもそうなのである。

 

一般常識において我々は、スポーツなどの運動の上達でも職人技の習得でも、フィジカルを訓練して習得や上達を考える。このこと大きな誤りで、あまりいい練習法とは言い難いのである。それでも単純作業は、元々脳が単純な作業だと考えるので、フィジカルは簡単にやってのけるのである。

しかし、複雑な作業となると、複雑な作業であることは事実なので、そのままフィジカルの訓練をして、失敗を繰り返すのである。そして、運良くできるようになることを待つのである。

 

しかし、複雑な作業であっても、脳が単純な作業だとだと思えてしまえば、フィジカルは複雑な動きを簡単にやってのけるのである。このために、大脳は、複雑な作業を脳が単純な一つの動きとして捉えられるように、作業を単純な言葉で表現できるようにするために仕事する必要があるのである。

 

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