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  VOL.1 馬のマナー

             

 日本において、馬のいる施設に行くとやたらと規則ごとが多く目につく。
馬のいる施設と言えば、その代表が日本では乗馬クラブということになるが・・・。

1. 馬の後ろに回らないようにしましょう。蹴られる恐れがあります。

2. 気をつけて馬に近づきましょう。蹴られたり噛まれたりしないように。

3. 馬の機嫌を取りながら優しく「ほーらほーら」と声をかけながら裏堀したり、ブラシをかけたりしましょう。蹴られたり噛まれたりしないように。

4. ハミをつけるときは、馬の下から素速く装着しましょう。馬はハミをつけるのが嫌いだから。

5. 馬の前に立ったりしないようにしましょう。噛まれる危険性があります。

6. 放牧中の馬を捕まえるときは、人参などの餌で呼び寄せて捕まえましょう。

7. 馬が機嫌を悪くしたり怒ったりしたときは、愛撫したりして機嫌を取りましょう。

8. 馬の回りで大声を出したりして騒いではいけません。馬が驚いて暴れたりしますから。

9. 下馬するときは、必ず馬を愛撫してから降りましょう。

 数え上げればきりがない。少し誇張した言い回しになっているかもしれないが、これが日本の馬を取り巻く環境での常識だ。

 このことを別な言い方に要約すると、「馬という動物は、噛む蹴るなどの凶暴な動物で、しかも驚きやすく、ちょっとしたことでも驚いてパニックに陥り、暴れ回る動物だ。」とこういうことになる。

 また、乗馬クラブへ行って馬に乗ろうとすると、指導員が、「この馬はあの場所が嫌いだから、あそこには近寄らないように。」とか「ハミをつけるときにはこの点を注意して」とか、色々と丁寧に親切に教えてくれる。
 またこのことに対して、そのお客は本当に、この指導員のことをいい人で、馬のことを何でも良く知ってる人だ、というように理解してしまうことだろう。

 日本の馬術レベルが、世界のレベルと比べて高いと思っている人は、まずいないだろう。しかし、その判断基準は、と言えば、国際競技大会での成績を見てそう思っているに違いない。

 例えば、ドレッサージュで高い得点が得られないとか、ジャンブ競技でスピードがないとか、高さがないとかというようなことで比べられていることだろう。それに合わせてライダーの腕前の問題だとかが取り沙汰されてるに過ぎない。

 世界の馬術レベルと日本のレベルの違いが、乗馬クラブでの規則ごとに因果関係があると考える人は少ない。何故なら、もしそのことに気づいていれば、一般のライダーが接する乗馬クラブの馬が、凶暴な動物のまま存在することの方がおかしいからだ。

 皮肉った言い方をすれば、乗馬クラブの規則ごとが多ければ多いほど、そこの馬のマナーが悪いということだし、そこの指導員に馬の調教技術がない証拠だ。

 良く聞く話だが、競走馬上がりの馬に乗って、危険な思いをした一般の乗馬愛好家が少なくない。また、落馬が、ある種の勲章もので、乗馬上達の登竜門のように言われているのも嘆かわしいことだ。

 馬の基本調教の段階で、きちんとした躾のできないことが、日本の馬術が世界に劣ることになっている大きな要素だと、気づいている人が少ないことが残念でならない。

 馬に一定のマナーを躾けることで、人間はより馬についての理解を深めることになるだろうし、また馬を良く知らずして躾けることは不可能だ。

 それに、馬を昔からの言い伝えによる固定観念でとらえているのでは進歩がない。

 人間は、未だ馬のことをフィジカル的にもメンタル的にも、多くを科学的に理解できていない。

 平ったく言えば、この馬は、こういう性格だからしかたないとか、馬とは、驚いたり、噛んだり、蹴ったりする動物だと決めつけてしまえば、噛まない馬、蹴らない馬、驚いても暴れない馬をつくろうという発想さえ生まれないだろう。

 障害を飛ぶ馬をつくれるということは、物事にむやみに驚かない馬をつくれるはずだし、脚のコントロールで色々なパフォーマンスを可能にする馬場馬をつくれるなら、蹴らない噛まない馬にできるのは簡単なことの筈だ。

 乗馬は、人が馬に接したときに既に始まっているのであって、決して馬に跨ったときに始まるものではない。また馬と人間が一定のマナーを守ることによって安全で楽しいものとなるし、それは必ず人間のリーダーシップにおいて実現しなければならないものなのだ。

 マナーとは、そのものが持っている才能を発揮する方向性を決定するもので、どんなに才能があっても、きちんとしたマナーが躾けられてなくては、価値ある方向で発揮することはできない。

 例えば、人間は、馬と比べれば遙かに高い知能を持っているが、マナーが躾けられていなければ、殺人を犯してしまうことさえあるわけで、むしろ高い知能を持っていればいるほど、マナーが果たすべき役割は大きくなるのだ。

 

1999年4月13日  土岐田 勘次郎
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