Arena Condition(乗馬の駈歩相談室)

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AM 9:05 Temperature 3.7℃ Humidity 47% 快晴 February 3,’26(Tuesday)

 

今朝は、風があって快晴です。

 

馬場は、ドライ状態です。

 

 

グッドフィール

 

グッドフィールとは、感覚が優れているということで、素晴らしいライダーに対して、グッドハンドという称賛の言葉がある。

 

世の中で優れている人のことを、名人とか名匠とかいいますが、全て感覚の優れた人のことを指すのである。

従って、優れたアスリートを運動神経が良いというのは、間違いなのではないだろうか。つまり、感覚が優れているのである。

 

さて、感覚情報を我々人間は、感覚細胞で感知し、感覚神経を通して脳へ送るのである。脳へ送られて感覚情報は、大脳が認識し、これと平行して小脳が運動神経と連結して、フィジカルの動きとなるのである。これを感覚統合というのである。

しかし、感覚神経を通して送られた感覚情報を、全て脳は獲得するわけではなく、取捨選択して必要な感覚情報を認識したり感覚統合したりしているのである。何故なら、全ての感覚情報を脳が受信すれば、脳は処理能力をオーヴァーして、パンクしてしまうからである。

 

その取捨選択は、何がしているのであろうか。それは意識なのである。意識がレーダーの役割をして、意識が向いた方角からの感覚情報を認識したり感覚統合したりして、意識の向かない方からの感覚情報は無視されるのである。つまり、なかったことになるのである。つまり、必要な情報であるかどうかを判断して、取捨選択しているわけではないのである。

 

また、無意識にフィジカルが運動しても、それを認識している場合と無意識な場合があるが、無意識にフィジカルが運動しても認識するとは、意識的にフィジカルを動かしていなくても、フィジカルが動いたことを認識すると意味である。

ところが、無意識にフィジカルが運動しても、それを認識していないときもあるのであるが、認識するとき認識しないときがあるのは、小脳による感覚統合の運動に、その元となる感覚情報を大脳が認識しているものとそうでないものとがあり、大脳が認識しているときの感覚統合の運動は認識し、大脳が認識しない感覚情報による感覚統合の運動は認識しないということなのである。

そして、感覚情報を大脳が認識するかどうかは、意識に左右されるのである。

 

従って、感覚を訓練するには、先ず意識のコントロールをしなくてはならないのである。必要な感覚情報を獲得するには、その方角へ意識を向けなくてはならないので、必要に応じて、その方角へ意識を向ける訓練が必要なのである。意識を向けさえすれば、その方角の感覚情報を認識できるのである。

「心頭滅却すれば、火もまた涼し」という言葉があるが、これは、火のある方へ意識を向けなければ、火の熱さも感じないという意味であり、意識をコントロールした結果を物語っていると言える言葉なのである。

 

意識のコントロールは、行動や運動による客体との接触点に意識を向けることで、行動や運動が意図的であれば、そのときの感覚情報を獲得できることになるのである。そのときの感覚情報とは、客体との接触感で、客体に関する情報と自らのフィジカルに関する情報なのである。

 

自らのフィジカルの動きは、意図的なものであれば、意図したことを以てフィジカルが動いたと認識する場合と、客体との接触感で認識する場合とがあって、意図を以てフィジカルの動きを認識するケースは、思い込みが入る畏れがあって、必ずしも客観的でないことが含まれるのである。一方、客体との接触感でフィジカルの動きを認識する場合は、客観的であるということができるのである。

 

従って、意図的運動や行動において、意識を客体との接触点に向ける訓練をすれば、意識のコントロールが自在になればなるほど、意識の向けた方角の感覚情報を認識することになり、感覚情報の認識が感覚を優れたものに訓練することとなるのである。

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