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今朝は、すっきりと晴れて湿度が低めです。空気がからっと乾燥しています。
馬場は、ベストコンディションです。
「市場原理とは」というテーマでお話をしましたが、これらの政策によって、国内生産繁殖の意欲が旺盛になることを期待しています。
只これらの政策の基盤は、生産される馬が国際的標準に比して、優れたものでなくてはなりません。素材としても完成品としても、そうであることはいうまでもありません。
いい素材の生産や高水準な完成馬を送り出すことは、市場の需要に基づいたものでなくては、つまり市場が高品質を求めていなければ、クオリティーの高い馬が市場に送り出され続けるようにはなりません。
市場が高品質を求めるには、市場が品定めできなければ、生産者側がどんなに良い物を世に送り出しても、消費者がそれを理解できる目や感覚を持ち合わせていなくては、消費に結びつくことはありません。
つまり正常な市場原理とは、消費者の商品を吟味する力量無しでは、機能することはあり得ないのであります。
国内生産馬を盛んにしたり、高品質化を実現するには、消費者の育成がはじめの第一歩なのです。
ノンプロライダーの育成無しで、市場の発展は成し得ないのであります。
そこでライダーが乗馬の目的に関わらず必ず行っていることは、馬のコントロールでありますから、広い意味でライダーの指示を素直に受け入れて、コントロールしやすい馬が良い馬ということになります。
コントロールしやすいということをメンタルとフィジカルの両面から考察すれば、従順であるということと収縮しやすい馬ということが究極的に言えることでしょう。
メンタル的ファクターとしての従順性とは、元々馬が性格的に持っている天性のものとライダーの技量という2つが関連して、表に現れてくるものであります。
例えば、馬がどんなに従順な性格であったとしても、ライダーに一貫性がなかったり指示を押しつけるばかりであったり、その一方、優しすぎてイニシアティブをとれなかったりすれば、時間の問題で馬は、遅かれ早かれ反抗を見せてくるものです。
フィジカル的ファクターとしての収縮とは、ウエスタンとかブリティッシュに関わらず馬が軽快に運動するには、収縮ということは欠かせない要因で、それはある物体に一定の運動を求めるとき、物体の重心とその物体を運動させようとする作用点との距離に、その運動エネルギーの大きさは比例するので、馬が最小限の力で軽快に運動しようとすればする程、収縮が欠かせないファクターとなるわけです。そして運動しやすいということは馬のメンタルにも作用して従順になるし、運動しにくければ、終いに反抗するようになりやすいともいえるのです。
高品質な馬の素材として一要素をあげれば、性格が穏やかで集中力と理解力のある馬であることと、飛節位置が低く後肢の踏み込みを深くしやすい体型をしている馬が良いということになります。
他方ライダーが馬を吟味できるようになるためには、馬を上手くコントロールできなければならいのだが、ここで問題は、日本的には上手くコントロールできるためにライダーのスキルしか考えない偏重した視点が厄介なのであります。
本来ライダーのスキルとは、馬を従順に育む力量で、場当たり的に乗りこなせる力量をいうのではありません。
そこで馬を従順に育むとは、どんなことなのか、或いはまたどのようにすればいいのかについて考えてみたいと思います。
レインを引くにしても脚を入れるにしても、何らかの指示を馬にしているわけですから、その指示に馬が従っているか、従っているにしても抵抗がどの程度なのかを、ライダーがその都度見届け、プレッシャーを続けるのかリリースするのかを判断して、リアルタイムにフィードバックしなければならないということです。
馬を従順に育むことと同時に、馬にフィジカルな運動をライダーの指示に対する反応として作るということは、上記のようなメカニズムなのです。
そこでまた、馬の反応を作るセオリーとして、一般的常識になっていることがあります。
それは、ハミと脚とのコンビネーションについてのことで、先ずハミは引っ張るのでなく壁として、ハミの当たったところでそれ以上引くのでなくホールドしたまま、脚で馬を推進して、ハミ受けを作る。つまり屈撓させたり収縮させたりするということがいわれています。
ハミと脚とのコンビネーションにおけるセオリーは、以上の通りであります。
このときライダーは、馬に対して2つのことを要求していることになります。
その1つは、ハミ受けや屈撓や収縮というフィジカル的反応と、もう一つはライダーの要求に対して、ハミの抵抗が緩んだりステップの反応がより深くなったり、スムースになったりという馬の反応は、馬のメンタルの従順さを示すものであります。
つまり馬に何かしかの反応をライダーが求めるということは、フィジカル的反応とメンタル的反応の2つを同時に求めているということであり、プレッシャーをリリースするということは、馬のメンタルに対して褒めているということになるわけです。
この論理からいうならば、馬の従順性を育むには、プレッシャーに対する馬の反応を見極めて、そのプレッシャーをリリースするのか更にプレッシャーを強くするのかをタイミング良くできるライダーのスキルが必要だということです。
ここで少しだけ話の視点を変えて、お話を進めたいと思います。
普通ライダーの技量が高くなくて馬を上手く推進できない場合でも、ハミと脚とのコンビネーションによって、馬をコントロールしようとセオリー通りの方法で挑みます。
しかし脚で上手く推進できないものですから当然ハミ受けもできなくて、上手く馬をコントロールできない。このときライダーもインストラクターも上手く脚を使えないということを詰るばかりで、全くといっていいくらいの無策無能の所業しか見られない。
ライダーが馬をコントロールするとき、馬のフィジカルとメンタルの2つを同時に、コントロールしているということを、誰もが強く認識しなければならない。そしてフィジカル的コントロールは、メンタル的従順性が前提条件なのだという重大事項を、ライダーもインストラクターも、もう一度意識しなければならないのであります。
上級ライダーは、フィジカルとメンタルを同時にコントロールできるが、ビギナーはこれを同時にすることが叶わないので、フィジカルとメンタルを分けて、先ずメンタルの従順性を、ライダーが簡単に求めることができるフィジカル的反応の範囲で、作ることが肝心で、馬が従順になってから先ほどのセオリーに戻れば、少なくても最初からセオリー通りにやった時よりはるかに旨くいくはずで、旨くいくということは馬にとってもいいということなのです。
乗用馬の良否は、メンタルの従順性の多寡で決まるといっても過言でなく、この従順性は、単にメンタル的要因である性格だけで形成されているわけでなく、馬の体型によっても大いに関係があると考えなければならない。
馬の性格は、乗用馬として調教しなければそのままだと考えやすいが、調教することによって、求められるフィジカル的運動をしやすい体型であるのかどうかや理解力の多寡によって2次的に変化をして、特に従順性を増幅していけるかどうかに多大なる影響を及ぼす。
簡単に言ってしまえば、運動能力の低い馬や理解力の乏しい馬は、反抗しやすく性格の悪い馬になりやすいということなのです。
一般のライダーは、調教前の素材としての馬の性格が選択のファクターとして重要であるが、馬体型や頭脳能力が素材としてのそれと同等以上に、重要な要因であると考えなくてはならないのであります。
乗馬のスキルアップは、乗る技量と馬体型を吟味する能力の2つを体得することによって、達成できることであって、それは馬の従順性を増幅させるために、馬体型から来る運動能力と馬の従順性を関連づけて、考えられる能力が備わらなければできないことなのです。
馬の血統は、何のために?
馬体型と頭脳能力や性格を関連づけて吟味するために、そのデータが意味を持つということなのです。
血統のデータは、ブランド志向を増長させるためだけにあるのでなくて、馬の従順性を馬体型や運動能力や頭脳能力と関連づけて、診るためにあるものだということです。
そしてライダーは、馬をコントロールするためのあらゆる前提条件は、馬の従順性だという認識が何よりも大事であり、自分が上級者であっても初心者であっても、馬の従順性をクリエイトできずして、馬をコンとローすることはできなくて、馬の従順性を高める方法を体得することが、乗馬の第1歩であり永遠のテーマとも言える。
そして馬の従順性が、馬の宝なのであります。


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