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今朝は、雲が多めですが、昨夜からの冷え込みがさほどでなく、暖かです。
馬場は、奥の水溜まりが大分小さくなってきて、外はベストです。
物事の前提条件についてお話ししてみたいと思います。
色々な物事には、本題と前提があってこれらは表裏一体となっていて不可分なものだと云える。がしかし本題に対する意識は嫌が上にも高まるものだが、前提条件に対しては、あまりに意識することが少ないのではないだろうか。
物事の成否を考えると、むしろ前提条件が整っているかどうかにかかっている割合が大きいと云えるのではないだろうか。
そこで今月は、「乗馬における前提条件とは」について、触れていきたいと思います。
物体の運動は、力点支点作用点という三点間において、作用と反作用の力関係が働いて作動するということです。
物体が動くという前提条件としては、物体の質量より作用点において大きい力が働くことである。もうひとつの前提条件は、作用点と支点がそれぞれ別の物体上に位置しなければならない。この二つの前提条件が具備されなければ、物体が動くということはない。
作用点と支点が同一物体上に位置すれば、作用と反作用の力が同一物体上で相殺されて、物体が動くということにはならない。また作用点において働く力が物体の質量より大きくなければ、物体の位置エネルギーが作用する力より大きいので、物体は動かない。
前提条件とは、目的を軸に考えることによって、力点とか作用点とかという見方ができるわけで、作用と反作用の関係もどちらを主軸に考えるかによって、どちらを作用といってどちらを反作用といっても不都合はない。つまり本題と前提条件との関係は、どちらも対等にしかも密接な関係だといえる。また作用と反作用は同時におきる関係であり、一方的に作用のみに力が働くということはありえない。
自然界では、物体の質量より大きい力が作用点において働くことと、作用点と支点が別々の物体上に位置しなければならない。つまり物が動くということとその前提条件は、密接不可分の要因なのだということだ。
本題と前提とは、密接不可分だということは疑う余地のないことであるにも関らず、前提条件が本題と同等に重要視されるとは思えないのはなぜだろうか。
落語や漫才でもそのままアメリカで演じたとしても、笑いを取れる可能性は少ない。もちろん言葉の問題ではなくて、日本社会での大凡の人たちが持っている共通認識が前提条件としてネタが成り立って、そこに笑いが生じるという原理なのである。この場合は、ネタそのものの本題より共通認識である前提条件が備わっている事の方が重要であるかもしれない。
さて、前振りはこの辺にして、馬の話にしましょう。
乗馬にとって最大の前提条件とは、一体何のことでしょう。
乗馬とは、人が馬の背に乗って馬をコントロールすることだと色々な所で、何度も何度も云ってきた。
ライダーの指示に馬が従うには、2つの必要要件を満たしたときだけで、それは馬がライダーの支持を理解しかつ従順に従う意思を持っているということだ。
つまりライダーのコントロールの成否は、馬の従順性と理解力が前提になって決まる。ライダーを軸に表現すれば、馬をコントロールするには、ライダーのスキルが馬の従順性と理解力を引き出せるのが前提条件という云い方もできる。
ライダーは、ハミと脚とのコンビネーションによって、馬のフィジカルをコントロールする。これをより具体的に云うならば、ハミによる抑制力と脚による推進力によって、馬の進行方向や歩様や歩調をコントロールすると云うことだ。
この中でフィジカルのコントロールは、実際に目で確認できるが馬のメンタルが従順であるかどうか理解しているかどうかは可視できず、フィジカルの運動で推測確認するしかない。
しかしメンタルの従順性は、必須要件であることは間違いない。何故ならハミによる抑制力や脚による推進力は、同一物体上における作用と反作用の働きでしかないので、物体そのものである馬の運動につながるものでなく、馬のメンタルが作用しない限り運動することには決してならないからである。
従って馬の従順性と理解力が、ライダーによる馬のコントロールの前提条件なのだ。
ライダーには、上級者とか初心者とか云うレベルがある。このレベルを一言で云うなら、馬を如何に推進できるかどうかで決まると云って差し支えない。
しかしながら初級者になればなるほど馬を推進できない。推進できないことによって、馬の方向転換や歩様や歩法の変換などができない。
車のコントロールと同じで、クラッチをつながないといくらハンドルを切っても車を行きたい方向へ誘導できない。
では、馬に対する推進力とは、何を意味するのだろうか。
この推進力とは、馬のメンタルに対する影響力と考えることができる。それは先程説明したように、馬のフィジカルのコントロールの前提としてメンタルの従順性があるからだ。
馬を出せない人は、上手くコントロールできない。とよく云われるが、馬を出すとは、推進するということで、如何に推進するということが馬のメンタルに影響が大きいかということだ。
馬をコントロールするために推進することによって、馬の従順性を引き出し結果として馬のコントロールを可能にしているということを証明しているということだ。
色々な所で乗馬の講習会の講師に招かれることがある。
こう云っては失礼な話だけれども、とても馬を出せなくてレッスンしようにも難しいということに出会う。
これも馬のメンタルの仕業で、世間で云うところの「馬は人を見る。」といういわれだ。
実はこれからが今回の本題で、馬のコントロールの前提条件は馬の従順性だということはこれから話すことの前提で、このことを明確に理解されていないと本題を納得することができない。
それでは本題に入ることにしよう。
乗馬のセオリーとして、ハミと脚とのコンビネーションにより馬をコントロールする。ハミを壁として使い、決して引き込むことなしに、脚で馬を推進して馬をハミにぶつけるようにしてハミ受けを作り、馬をコントロールする。というのがある。
「イントウ―ザブライダルIn to the bridal」という云い方がありますが正しくこのことだ。
このことは、馬のメンタルとフィジカルを同時に、コントロールしようとしていることで、上級者はこれができる。しかし初級者は、フィジカルとメンタルを同時にコントロールしようにも、脚による推進力が充分でないので、メンタルがコントロールできなくて、フィジカルを結果としてコントロールできず、馬に我儘をされてしまうのだ。
ライダーは、もちろんフィジカルとメンタルを同時にコントロールする以外に方法はないのだが、乗馬のセオリーと云われる方法では、要求される推進力のレベルが高すぎて、初級者にはとでもできない。
推進と抑制という真逆のベクトルの運動エネルギーを馬が受け入れない限り、馬を従順にすることはできないとすれば、初心者は、馬をコントロールできないということで、実際に乗馬クラブで、初心者が馬に我儘されたり、インストラクターからもっと脚をと促されている光景とよく見かける。
馬の従順性が理解の前提でもあり、従順性を育みながら理解を求めたり深めたりと云うことで教育が成り立つので、これは人間社会でも共通することだ。尊敬する人が云うことには、素直に従うし納得もしやすいと云うことでもある。
馬の従順性を引き出すことが、乗馬における馬のコントロールの前提条件で、初級者が馬をコンとローするために、一般的に云われているセオリーとしてのハミ受けの方法では、その前提条件を満たすことができないわけだから、その方法はセオリーとは言い難く、別の方法で従順性を引き出すことをしなければならない。
つまりは、そのライダーの推進力のレベルにあった従順性の引き出し方や、推進力の乏しいライダーにも従順な馬の調教法が望まれると云うことだ。
勿論ライダーの推進力のスキルアップも必要だが、ライダーの推進力とはライダー自身の馬に対する精神的優位性であるところの自信が何よりも推進力の原動力なので、ライダーのレベルにあった推進力で馬を従順にできて、コントロールできたという実感を得られれば、自信を持って馬に乗ることができて、より推進することができるという循環になる。
ライダーに推進力がないことを指摘してより脚を使うことを促せば、ライダーはより自信を失い、更に推進力を失って馬をコントロールできず、益々落ち込むという循環になってしまうのである。
日本の乗馬のセオリー自体が間違っていて、馬のコントロールが馬の従順性を前提として成り立っているという考えの基に構築されなければ、日本の乗馬社会の将来はないと云っても過言ではない。
インストラクターもトレーナーも、馬の従順性とは何かそれを引き出すためには何が必要かという思考を基に、それぞれのプログラムを待たなければならない。
フィジカル的運動は、密接にメンタルとの結びつきを持っていて、ライダーの脚による推進力は、ライダー自身の自信が成せる技で、上達のプロセスが成功の連続によってか失敗の連続によって培われているのかによって、循環が全く変わってしまうのであって大変重要な課題なのである。
また、馬を軸に考えてみてもライダーの脚に反応して推進されるのは、決してライダーの物理的筋力による脚力と云うことでなくて、馬のメンタルがライダーに集中していて従順に従おうという能動的メンタルの状態にあってこそ為されるものなのであるから、ライダーもインストラクターもトレーナーもこの前提条件である馬の従順性について、もっともっと認識して乗馬に向かい合わなければならないだろう。
今回は前提条件と本題について話題としましたが、これをきっかけとして馬のサークル運動や停止方向転換そして踏歩変換などについても、その前提条件としてのアプロ-チの方法や馬の体勢について考えてみながら、その本題の成功へのプログラムを企画して、乗馬を営んでみては如何でしょうか。


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