AM 9:30 Temperature 15.8℃ Humidity 52% 晴れ April 24,’26(Friday)
今朝は、空気が冷たく感じますが、日差しが出てきたので、徐々に温かくなってきそうです。
馬場は、昨日の雨で大きな水溜まりができてしまいました。外は水が引いてきていますので、明日までには、3/4ぐらいの面積は回復することでしょう。
「Judgment ジャッジメント 判断」
我々は、目的に向かってなにごとかをしようとすると、必ずジャッジメントしながらすすめることとなる。
そのジャッジメントが、正しければものごとは、目的に近付いていき、間違えば遠ざかってしまうのである。
目的をなし遂げたことのない人にとっては、これまで体験したことのない現象をジャッジしなければなりません。従って、そのジャッジが正しかったかどうは、結果を見なければ解らないのである。
多くの人は、持っている知識としてのセオリーやメカニズムなどと検証してジャッジすることになる。
ジャッジが正しいかどうかを問題にする傾向にあるのが一般社会だが、そんなことをジャッジすることがいいことなのかそうでないのかというように、ジャッジの要因が正しいのかどうかということを考えなくてはならないのではないかと思うのである。
つまり、スポーツでいえば、勝利したか敗戦したかという結果を以て、ジャッジするのか、ゲームの内容を以てジャッジするのかどうかという観点でジャッジするのかどうかということである。
例えば、ゲームに勝利した場合、内容がよくて勝利した場合と、内容はよくなかったが勝利した場合とがある。また敗戦した場合、内容がよかったが敗戦となった場合と、内容がよくなくて敗戦した場合とがあるのである。
ジャッジメントは、そのジャッジメントが正しいのかどうかが問題なのではないのである。つまり、ジャッジメントすることが重要なのである。
ジャッジが正しいかどうかは、後に結果が出てみないと解らないのだから、
ジャッジすることを逡巡したり曖昧にしたり、ジャッジしなかったりということになってしまうのである。
しかしながら、ジャッジすることが正しくできようができまいが、ジャッジすることが重要で、ジャッジすることは決断をすることなので、その決断をすることが、正しいかどうか解らないジャッジをできないという人もいるだろうと推測することができる。そうであるならば、仮説としてできジャッジすることが重要なのである。
ジャッジすることが何故重要なのかいうと、後に結果が出たときにそのジャッジが正しいかったかどうかを検証することができるのである。
このことを繰り返すことで、徐々にジャッジの精度を高めることができて、自信を以てジャッジすることができるようになるのである。

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