AM 9:05 Temperature 22.4℃ Humidity 26% 晴れ May 9,’26(Saturday)
今朝は、気温が高く湿度は低く、晴れました。
馬場は、ベストコンディションです。
今日は、四方山話とでも云いましょうか。特にテーマを決めないでお話ししてみようと思います。
食べ物には濃い薄いはあるけれど何らかの味があります。また人には、喜怒哀楽といった感情があります。これらは何故あるんだろうと考えます。
クラブでこんな話をすると、「普通そんなこと考えないし、不思議にも思ったことがない。」といわれます。
私は、身の周りの極自然に当たり前のようになってしまっているものを不思議に感じたり、何故だろうとよく考えたりします。
自分ではそれがいたって普通で特別なことだと思っていないからで、人には普通じゃないと良くいわれます。しかし、世の中に当たり前というようなものなんてないのではないでしょうか。そう考えてしまうのでついつい何故だろうなんて、思いを巡らせてしまうのが私の癖になってしまっているようです。
時々周りの人にしつこいくらい疑問を投げかけるものだから、私と一緒にいると疲れるといわれることもあります。
さて、食べものの味は何故あるのでしょう。
食べ物の味は大変都合が良くできているものだと思います。
例えば甘いという味は、糖分が欠乏してくると自然に甘いものが欲しくなって、そのまま食べ続けるとその甘さに嫌気がして、甘いものを食べるのを止める。実際に食べ物そのものが持っている甘みの程度に変化はないが、食べ続けると甘みが強くなったような感じを受けて、甘いものを欲しくなくなるのである。
食べ物に味があることによって、欠乏と採り過ぎを防ぐという働きを持っています。もし味がなければ、欠乏に気が付くこともなければ採りすぎを自重することもできない。
つまり、食べ物に味があるのは、促進と抑制を兼ね備えている重要な役割のためではないでしょうか。
人間の感情にもまた同じような役割が潜んでいるのではないかと考えています。
新しい体験をすると、新鮮に感じたりものごとが一新したりしたように感じます。しかし、再び同じことしても、そのようには感じなくなるものです。従って、同じことでも進歩がなければ、飽きが来たりモチベーションがなくなったり、進歩や上達という変化があれば、意欲が増したり探求心が旺盛になったりします。
つまり、人間の感情も、ものの味と同じで、促進と抑制の役割を持っているものなのではないでしょうか。
今日の日本では、人の感情を忌み嫌う対象になりすぎているように思います。
感情に感情の役割があるから、人の感情が備わっているのではないでしょうか。従って、人は、そのときそのときに自分がどんな感情を抱いているのかを認識している必要があるのです。
余計な話ですが、コロナが流行しから殺菌や除菌や空気清浄とか、過度に衛生を誇示したり、台風や地震でも危機を煽りすぎだと思うのは私だけでしょうか。更にまた、健康管理でも塩分控えめだとか高血圧だとか、現状の状況を無視して、健康な人を病気にしたくてたまらないのではと思う程です。
野生の動物の世界では、衛生観念がありません。何故でしょうか。
それは、衛生というものが、生命の維持に必要不可欠ではないということでしょう。
現代の我々の生活では、テレビ報道の危機煽動や、過剰医療や、過剰消毒や、コンプライアンスの過剰性や、上げたら切りがないほどなのではないでしょうか。
普通とは何かということを考えなければいけない日常は、異常なのではないでしょうか。

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