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今朝は、昨日からの雨が降り続いています。残念な週末になってしまいました。
馬場は、VW状態です。
昨日、乗馬における馬のコンセントレーションについてお話しをしましたが、このコンセントレーションにについて、もう少しお話ししたいと思います。
馬の理解とコンセントレーションを混同している人が多いので、この誤解は、日本の乗馬において、大きな間違いを引き起こしているので、これを是正したいと思います。
コンセントレーションは、理解と比べると一瞬でできることで、理解は、馬の能力に大きな関わりを持ち、時間を要するものなのです。
例えば、障害を跳ぶ場合ですが、日本のライダーは、障害を跳ぶことを、馬に理解させて跳ぼうとするので、拒否させてしまうのです。
馬は、障害を理解しなくても、跳ぶことはできるのです。
怖がる水たまりや障害においても、馬をライダーにコンセントレーションさせて、恐いものではないと理解していなくても、水たまりを通過したり、障害を跳んだりすることができるのです。
極端な言い方をすれば、馬をライダーにコンセントレーションさせることで、水たまりも障害も馬には見えなくしているようなものなのです。
つまり、馬にとって、水たまりや障害が恐い対象であっても、ライダーにコンセントレーションすることによって、存在が小さなものとなって、水たまりも障害も乗り越えてしまうのです。しかし、水たまりも障害も理解して通過しているわけではないのです。
従って、馬をライダーにコンセントレーションさせて、繰り返し水たまりや障害を乗り越えさせて、時間をかけて徐々に理解させると考えなくてはならないのです。
何故なら、理解は、時間がかかるものだからなのです。
馬をライダーにコンセントレーションさせて、低い障害を跳びますが、跳んだからといって、直ぐに障害を高くしてしまうライダーがいますが、アホ丸出しなのです。
低い障害のまま繰り返し繰り返して、馬が理解することを待つ必要があるのです。従って、馬が理解しているかどうかは、全く躊躇なく跳ぶかどうかを見れば解るのです。
馬が、躊躇なく障害を跳ぶようになってから、障害を高くしても、そのときは馬が障害を跳ぶことを理解しているので、難なく跳べるのです。
もし、このとき馬が少し高い障害に向かったとき、躊躇したり拒否したりしたときは、理解が充分でなかったと判断して、直ぐに元の低い障害に戻り、充分な馬の理解を求めるように、繰り返すことに時間をかけることが重要なのです。
この低い障害を跳ぶことに、充分な時間をかけて、馬の理解を充分にさせることに傾注しなくてはならないのです。
この低い障害のときに、馬の充分な理解させることを求めておけば、馬の障害を跳ぶことを拒否することはなくなり、ライダーのレベルに関わらず、難なく跳べるのです。
馬の理解とコンセントレーションの違いを、ライダーが知らなければならないのです。
ライダーが、このことを充分に理解していれば、馬にとって成功の循環を生むことができるのです。
何故なら、低い障害を、馬をライダーにコンセントレーションさせて、跳ぶことに成功させ、これを繰り返せば、成功に成功を繰り返すことになり、成功の繰り返しで、馬の理解を誘導することになるからなのです。
このようにして、障害を跳ぶことを理解した馬は、初心者が乗っても躊躇なく跳ぶので、初心者の成功を生むことになり、初心者は成功することによって自信がついて、上手に障害を跳べるようになるという、馬にとってもライダーにとっても、成功の循環を作ることができるのです。
水たまりを怖がったり、外乗に行って、何かを馬が気にしたりして行こうとしなくなったとき、その対象物に慣れさせようとしている人を良く見ますが、これは、コンセントレーションと理解の違いを知らないからなのです。
このことは、日本のライダー達の常識になって欲しいことなのです。


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