Arena Condition(乗馬の駈歩相談室)

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AM 9:30 Temperature 32.6℃Humidity 50%  晴れ  July 31,’26(Friday)

 

今朝は、日射しも強く気温も高めです。

 

馬場は、今朝未明に雨があったのですが、お湿りにもならない程度で、ドライ状態です。

 

 

昨日と一昨日に書いた記事は、乗馬における支点のコントロールと内方後肢の踏み込みの重要性なのですが、反響がとても少なかったのです。

 

多分ご理解頂けないほど難解だったのではないでしょうか。

 

日本が明治維新で、世界のどの国も成し遂げられなかった近代化を短期間で実現し、第2次大戦の敗戦の焼け野原から19年後には、東京オリンピックを開催して、世界の人々をホスト国として招き、そして22年後(オリンピックの3年後)には、ドイツを追い抜き世界第2位の経済大国となった奇跡を成し遂げたのは何故でしょうか。

 

それは、武士道にあると思っています。

その武士道とは、文武両道という精神性方です。

 

俗に言う「頭でっかち」という言葉があるように、知識だけ振りかざして実技の伴わないことを馬鹿にした言葉です。

 

どんなに学識があっても、それを実践できる技量が伴わないことを恥じるという文化があったのです。

 

今日の官僚は、東大出の学問的には優秀な人達かも知れませんが、技量という点では、劣った人間達の集団です。またテレビや新聞などのマスコミの人達もまた、分には優れていても武には到底及ばない人達ばかりです。

 

今や日本には文武両道という精神が乏しくなってしまったのです。

 

隣りの韓国は、儒教の国で、武を馬鹿にする文化です。然るに発展しません。

アメリカは、側物主義の国ですから、良いと思うものは直ぐに取り入れ、駄目だと思うものは直ぐに止めるという機動性のある国です。

そのアメリカで、ロケット飛ばして宇宙に飛び出した先進性を成し遂げたのは、戦争に負けたドイツの学者達をアメリカに移住させて、そのドイツ人が成し遂げたことでした。

 

多くの国は、思想心情を中心にした国は、観念主義に囚われて、学を誇るあまり武を侮蔑しがちで、側物主義の国は、バックヤードである発想の根源や理念を疎んじる傾向にあり、日本のような文武両道で、学を重んじ武を貴ぶ精神構造を持った国はとても希有なのです。

アメリカ人には、日本人を理解することはできませんし、韓国人もまた日本人を理解できません。

 

しかし、日本の乗馬は、とても観念主義に偏った傾向にあって、論理的思考に乏しいのです。

 

馬の姿勢形成は、作用点と支点の二つの力の連携によって成せることなのに、「精神一到なにごとかなら成らざらん」というようなことを、一番アカデミックに馬術を解かなければならない学生馬術がそんな為体なのです。

 

どんなに手を使っても支点が有効な場所になければ、その効果は生まれないのです。

しかし、馬に乗ってしまうと、地上にあるときと違って、自動的に支点が位置することはないのです。従って、支点をライダーが自在にコントロールできなければ、有効な場所に支点を置くことはできないのです。

 

有効な場所に支点が置かれなければ、作用点であるレインハンドが有効に作用することはないのです。

 

手ばかり使って、脚が足りないということを、指導者が怒鳴っているのをよく耳にしますが、有り得ない話のです。

 

このときは、有効なところに支点がないだけのことなのです。もし支点が脚になっていれば、手を使うだけで自動的に脚も使っていることになるのです。

 

このときの多くの場合は、ライダーの重心が支点になってしまっているので、レインハンドが有効に作用していないのです。

 

馬の推進力の重要性はいうまでもないことですが、その推進力の鍵は内方後肢なのですが、誰も興味がありません。

 

そもそもの素材として、馬の骨格がその推進力と密接な繋がりがあって、馬を生産するときに、馬の頭脳も骨格も平等に評価して、優良な馬を生産しなくてはなりません。

 

日本には乗用馬の生産という社会構造が存在しせず、乗馬界が競走馬の下請的存在では、日本の乗馬は発展しないのです。

 

サラブレッドほど乗用馬に適していない品種はありません。サラブレッドを活用することを否定するものではありませんが、オリンピックの馬術にサラブレッドが出てくることはありません。

 

日本は先進国なのに、日馬連も全乗協も中央競馬会の天下り団体ですから、馬鹿馬鹿しい限りです。

 

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