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今朝は、大雨です。気温が低めです。
馬場は、VWで、水浸しです。
さて、今日は、乗馬における、ライダーの思想心情について、お話ししたいと思います。
我がクラブでは、1990年の開設以来、「ライダーは、全て馬の調教師」というのを、ライダーの心得としてきました。
公の会議でこのことをお話ししたとき、全員に猛反対をされました。
反対の理由は、素人に馬の調教をさせることは、危険で無謀だというのが大半でした。
その会議で、全てのライダーが、自分の上達やストレス解消や健康維持や競技思考など様々な目的で馬に乗っていて、どんな意識で乗っていても、馬の調教をしてしまっているというお話しをしました。
つまり、ライダーがどんな意識で馬に乗っていても、調教しようと思っていても、思っていなくても調教してしまっているのだから、調教しようと思うべきだということなのです。
例えば、初心者が外乗に行ったとき、馬に草を食べられてしまったとき、これを許せば、草を食べてもいいと調教したことになり、叱責をすれば、草を食べてはいけないと調教したことになるわけです。
従って、ライダーが、馬を調教しようと考えていれば、当然の行動が現れますが、調教しようと思っていなければ、これを許しても何も思わないということになります。
馬場では、左リードで駈歩をしたいと思っても、駈歩が出なかったとき、そのままにすれば、駈歩を要求されても、これに反応しなくても許されることを、馬は学んでしまうし、これを許さずに正せば、要求には応えなくてはならないことを、馬は学ぶことになるわけです。
乗馬をすることは、馬を調教するとことと考えていれば、ライダーの行動は、自ずと決まってくるはずで、このように全てのライダーが思うのかどうかによって、日本の乗馬のレベルが飛躍するのはないでしょうか。
さて、馬の調教とは、ライダーが要求をするときに、馬に与えるプレッシャーの方向に沿った動きを馬がするようにすることが基本原則です。
つまり、ライダーの要求する方向に、馬が従うことを教えるのが馬の調教なのです。
そして、駈歩や速歩で走行するのは、その延長線上にあることで、先ず、優先課題として、ライダーの要求する方向に沿った動きを馬がするということなのです。
ライダーが馬の調教を考えるようになれば、どのようにしたら要求する方向の動きを、馬がするようになるのかを考えるようになり、それができるようになれば、自然にライダーは上達するのです。
何故なら、ライダーの姿勢やポジショニングについても、馬の調教を最も効果的にするために必要だと思えば、自ずと調整されることになるし、レインハンドや脚の使い方も、どのようにプレッシャーを与えることが、より有効に調教できるかを考えるので、自然に馬に優しくなるのです。
私が1990年に、日本で乗馬クラブを開設したときに最も強く感じたことは、馬の調教とライダーの上達を別物としていることでした。
乗馬において、馬の調教とライダーの上達は一体的で分けられるものではないというのが世界の常識なのに、日本ではこれを別物扱いしていて、誰もこれを疑問にさえ思っていないのは不思議なことなのです。
日本の教育水準も産業のレベルも世界最高なのに、何故、日本の乗馬は、何故これほど稚拙なのでしょうか。
その原因は、ライダーの上達と馬の調教を分けていることにあるのではないでしょうか。
多くの日本の乗馬クラブでは、ライダーを教育して、馬を調教していないのです。
馬の回りでは、騒がないようにしましょう。
馬の後ろから近付かないようにしましょう。
ライダーの姿勢は、脚の使い方は、これこれこのようにしましょう。
上げたら切りがないほど、人を制約することばかりです。
馬の回りで人が騒いでも、落ちついている馬に調教しましょう。
馬の後ろから人が近付いても、これを許す馬にしましょう。
ライダーが、多少力んでいてもレインハンドや脚を上手に操作できなくても、馬がばたつかない馬にしましょう。
初心者が馬に乗って、軽い扶助で駈歩をして、決して暴走しない馬にしましょう。
これは、馬の調教で、これをしていれば、どれほど危険を回避できて、ライダーを上達せしめ、その上でどれほどの満足を引き出せるでしょう。
誰も考えないのは、何故?

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